3つの谷がまだ田園だったころ

3つの谷がまだ田園だったころ、渋谷のまちは、3つの丘の尾根道からはじまりました。

明治42年 (1909年)発行1万分の1地形図
3つの丘の3本の尾根道(宮益坂、道玄坂、現在の公園通りにあたる道)が目立つ 一方、渋谷川上流や宇田川の谷などは水田に利用されていて、畦道しかありません。 3つの尾根道は、3つの谷のY字を反時計回りにほぼ60度回転させたY字をなしています。
平成12年 (2000年)発行1万分の1地形図
宇田川沿い、渋谷川沿いの道路が整備され市街地としてまとまる一方、R246が貫通して、かつてあった西渋谷台地の市街地のまとまり(大和田町)はなくなりました。